再生への備忘録70

 昨日は千葉大学で特別授業の講師をしてきました。授業は5時限目に、学部を超えて行われ、高校生も何人か参加していました。最近よく聞かれるようになった「リベラルアーツ教育」の一環として、ミツバチや養蜂をテーマに、自然科学や社会科学にとどまらず、宗教や哲学にまで踏み込んだ議論を展開しました。

 講義は、通常の大学の授業にありがちな一方通行的なものではなく、学生との対話に重きを置いた形式を取る事を意識しました。性の問題や個人の社会適合性、環境問題など、現代人が抱える社会問題に対していまの学生がどう考えているのかを参加者全員が共有できるような授業にしたかったのですが、時代のムードのせいなのか、国立大学という校風がそうさせるのか、積極的に自分の意見を発言する学生は多くありませんでした。

 社会という大きな海に出る前に、いま自分を縛っているしがらみや束縛、親や教師から一方的に押し付けられた価値観、自分の中での常識や偏見から、一度自分を解き放ち、多角的な思考をする訓練を、人生の早い段階でしておくか否かは、その後の人生を大きく左右します。

 「私たちはテクノロジーとリベラルアーツの交差点にいる」これはアップルの創業者である、故スティーブ・ジョブズの言葉です。すごく良い言葉ですが、私は「養蜂」を学ぶ事こそが、リベラルアーツ教育に最適だと思っています。自然科学も社会科学も、哲学も宗教も、本質的なところでリンクしている事を学べるからです^_^

再生への備忘録69

 私の蜂場は、千葉県君津市にある鹿野山(海抜280m)にあり、おそらく千葉県で最も高いところにある養蜂場です。その為、蜂を見に行く時は、かなりの急勾配をトラックで上がっていかねばなりません。去年マニュアルミッションの軽トラックから、オートマの1tトラックに買い換え、排気量が大きくなったのは良いのですが、未だにオートマミッションの運転に慣れずにいます。

 スバルの軽トラックを長らく運転していた私は、ポルシェライクなエンジン音が好きで、基本的にエンジンの回転数を上げて走るクセがあり、その感覚が抜けないでいる為、トヨタのオートマの設定にどこかストレスを感じてしまいます。シフトアップして欲しい時にしてくれない、シフトアップして欲しくない時にシフトアップするという感覚です。また、気がついたらオーバードライブのボタンが押されていたり、いなかったり。。自分とエンジンとの会話が成り立っていないのは非常にストレスです。

 しかしながら、オートマチックのエンジンというのは、理論上、もっともエネルギー効率が良いように、シフトチェンジのタイミングが調整されていて、本来であれば、運転者は、理論上の判断に合わせた運転をすべきであるとようやく最近になって気がつきました。

 ところで、最近読んだユング関係の本の中に、「実年齢に見合った価値観にシフトしなければならない」というような事が書いてありました。実年齢と気持ちとにギャップがあると、それは自分自身を苦しめる事になります。人生も50歳に差し掛かり、確実に老いに向かっている年齢になったからこそ、シフトアップではなくシフトダウン、ゆっくり、エンジンを労わりながら、燃費の良い走りを考えた方が良いのかもしれません^_^

再生への備忘録68

僕が「LIFE 」誌が掲載した人間の受胎写真を見た時、学校で教わった競争の話とは、随分違うなと思ったものだ。

そう、どの精子が最初に卵子にたどり着き、受胎するかという話だ。でも違ったんだ。

「LIFE」誌には、あるスウェーデンの写真家が収めた受胎の本当の姿が載っていた。その本当の姿とは、卵子を取り囲んだ精子達が周囲を回りながら、一分間に8回、まるで原始の踊りのごとく、自らの尾をくねくね踊らせるというものだった。

8という数字がまた、無限のサインを思わせるじゃないか。

僕たちはダンスで生まれたんだ。人生は競争じゃない。

誰かと競い合うのではなく、みんなで一緒に楽しむものなんだ。

たとえばこのミツバチのように。

再生への備忘録67

 昨日は実家で新年会でした。両親と妹の家族で集まり、私を含め、1人ずつ今年の目標を発表しました。「私は◯◯します」という、自己肯定を伴うセルフイメージを持つ事は非常に大事です。自分のエネルギーが、目標にフォーカスされるからです。所謂アファメーションです。

 夕方になり、今度は私の会社の社長の実家にお邪魔して、仕事の打ち合わせをしました。リビングには、いくつかの現代アートや大好きなマティスの絵が飾ってあり、楽しく打ち合わせが出来ました。マティスの絵を見ると元気が出ます。

 帰りに、車の中で聴いたのは、キースジャレットトリオの「changeless」というアルバムでした。ジャケットのデザインとなっているシンプルな丸い線は、直原玉青という禅僧が描いていて、マティスの「dance」をさらにデフォルメしているような、今年1年の自分のセルフイメージを象徴しているような気がしました。

 それにしても、キースジャレット、ゲイリーピーコック、ジャックディジョネットという3人のインプロヴィゼーションの世界は、何百回聴いても新鮮です。マティスの「dance」にもし私が音楽をつけるとしたら、この「changeless」しか思いつきません。人生に予定調和などなく、過去も未来もなく、永遠の現在があるだけだからです^_^

再生への備忘録66

 令和二年。元旦の今日は、焚き火と日本酒から始まりました。ほろ酔いで焚き火の火を眺めていると、決まって10代〜20代前半の頃を思い出します。高校時代の友人と焚き火を囲いながら青臭い夢を語っていた時の焚き火です。 

 あれから30年という歳月が経ち、自分もそれなりに人生経験を積んで、いま、あの時とは違ったビジョンを持つようになりました。それはある種の妄想に近い、ぼんやりとした夢ではなく、リアルでクリアーなビジョンです。

 いま、自分の目の前にある現実はすべて自分の想念が作り出したイリュージョンに過ぎません。いまこの瞬間に幸せになるのも、不幸の主人公に仕立て上げるのも自分の意識が決めるだけの事です。人生劇場の主人公は常に自分であり、脚本を書くのも、監督をするのも、演出するのも気の利いたBGM流すのも自分です。作品のライナーノーツを書くのも、観客として鑑賞するのも、賞賛するのも批判するのも、肯定するのも、否定するのもすべて自分自身です。

 人生劇場を盛り上げる為に、途中で悪人を登場させるのも自分、見る人が退屈しないように想定外のピンチを用意するのも自分です。環境のせいにするのも自分、環境を創るのも自分、この腐った世界を変えようと、何かするのも自分、何もしないのも自分です。人生は一度しかありません。確定しない未来を憂う事なく、全力で進めて参りましょう。今年もよろしくお願いします。

再生への備忘録65

 昨日は、本格的な大掃除を始める前に子供たちを蜂場に連れて行き、ヤギとミツバチの世話をさせました。この時期は、マテバシイやヒサカキ、アラカシなどの常緑樹の葉っぱを選定バサミで切って、収穫用コンテナにいれてヤギに与えます。ヤギ牧場に常緑樹が植えられていると、一年を通じて餌が自給できるので、蜂場の常緑樹は有難い存在です。

 ニホンミツバチの巣箱には、子供たちが藁で冬囲いをしました。ニホンミツバチは本来、木のウロに住む、在来の野生種なので、人間の干渉を求めていませんが、巣箱の中で飼育する場合は、ミツバチの住まいの環境を良くするための工夫が必要になってきます。

 ところで、聖書では「乳と蜜の流れる地」(a land flowing with milk and honey)という描写が頻繁に出て来ます。この表現の意味するところを私は詳しくは知りませんが、ヤギがいてミツバチの羽音が聞こえる私の蜂場は、長閑で癒しの空間になっていることは確かです。

 台風15号が房総半島に直撃した直後から綴ってきたブログも今日が今年で最後となりました。日々の気づきを忘れない為に、備忘録として書き始めましたが、自分の考えを客観視して、自分の言葉で文章にする事は、非常に大事だと思っています。それは自分自身に対する福音となるからです^_^

再生への備忘録64

 昨日は、長野県茅野市でニホンミツバチを飼育している知り合いを訪ねて来ました。遠景に八ヶ岳連峰を臨む蜂場で楽しくミツバチ談義をし、越冬中のニホンミツバチ一群と、いろんな工夫が施された巣箱やスズメバチ対策用の付属品をもらって帰って来ました。

 知り合いの養蜂家は、年齢が80歳を超えていますが、非常に聡明な方で、私は言葉を聞き逃さないように、ずっと話を聞いていました。ミツバチ談義は、そのまま政治や経済の話に繋がり、この混沌とした時代をこれからどう生きてゆくかという話に発展してゆきました。養蜂の世界は全てに繋がります。

 茅野からの帰り道、渋滞の無い、上りの中央自動車道。平成が終わり、既に新しい時代が始まっているという、大きな潮目の変化を、いまどれだけの人が、実際に肌で感じているのだろうかと考えていました。

 今年はいくつかのエポックメイキングな出来事がありましたが、歴史が証明しているように、多くの人は、時代の変化に無頓着で、過去に執着し、流れに抵抗しているように思えて仕方ありませんでした。新しい時代の幕開けというものを、実際に肌で感じ取るというのは、その時代の境目に生きている人にとって、容易ではありません。過去を捨てなければ、新しい風を感じる事が出来ないからです。今年も残り3日。本腰を入れて断捨離しなければなりません^_^

再生への備忘録63

 波乱の1年も終わりに近づき、養蜂もシーズンオフになりました。シーズンオフの時期こそ、ゆっくりと内省したり、本を読んだりと、ヘンリーソローの「森の生活」のような暮らしをしたいといつも夢みているのですが、現実的にはそうはいきません。壊れた巣箱を修理したり、自分のアイデアを盛り込んだ巣箱の図面を引いたり、やる事は山のようにあります。

 昨日は、県内に新しく出来たレストランに行って、新しいハチミツ商品の紹介をしてきました。老人介護施設と併設されたレストランはナチュラルな素材でシンプルにデザインされていて、清潔感があり、さまざまなこだわりの食材が置いてありました。新しい福祉のビジネスモデルを立ち上げ、地域貢献をしている会社と1つの取り組みができる事に感謝です。

 話は変わりますが、1948年にフランスで出版された、「Beekeeping for All」という本を再読しています。何度となく読み返する度に、何かしらの発見や気づきがあるのは大抵古典で、一冊の本を読みきるのに、多くの時間とエネルギーが必要なのも古典です。著者のAbbe Warreという修道僧は冒頭で、

Apiculture or beekeeping  is the art of managing bees with the intention of getting the maximum return from this work with the minimum of expenditure.

https://www.amazon.co.jp/Beekeeping-All-Abb-Mile-Warr/dp/1904846521

と言っています。この本を最初に読んだ時は、私が養蜂をやり始めて間もない頃で、「with intention 」という言葉に意識が向いておらず、読み飛ばしていました。今年最後に出会ったこの言葉は、来年に向けてのテーマとなりそうです^_^

再生への備忘録62

 先日つくば国際会議場で行われたシンポジウムで、いくつか重要なトピックがあり、時間をかけて自分なりに掘り下げているのですが、その1つが「dawinian black box」という概念です。環境にあったみつばちを育てるために、極力管理せず、自然淘汰の原則に従った養蜂を行うという考え方には、本質的なところで共感を覚えますが、いくつかの点で腑に落ちないところもあります。

 1つには、私が扱っているセイヨウミツバチは日本で進化してきた在来生物ではなく、アフリカ原産の外来種であり、もっと言えば、養蜂そもそものが、所謂「自然」の中に於いては不自然な営みであるからです。また、養蜂家は、家畜を扱っている以上、自然淘汰に任せるのではなく、生き物に対する責任を負う義務があると思うからです。

 自然農の世界でも再三議論されている事ですが、自然と非自然、自然と反自然の境界線はどこにあるのかを見定め、さらに、人間はそこで何をすべきなのかを真剣に考えていかなければ、前に進む事が出来ません。自分なりの自然観を持つ事は非常に大事です。

 ところで、先日来日したフランシスコ教皇は、2014年のバチカン科学アカデミーで、ビッグバンと進化論を肯定し、創世記に書かれている世界観と対立しないと発言して、一部の人に衝撃を与えました。何が自然で、何が非自然なのか?何が偶然で、何が必然なのか?最初に何かあったのか、それとも何もなかったのか?全てが二元論で語られるこの三次元の世界で、この命題にどうすれば答えを出せるのでしょうか^_^

再生への備忘録61

 昨日は会社の役員が集まっての全体会議。全体会議と言っても、社員は私を含めて3人。全員が取締役です。会議はいつものように中目黒の南インドレストランで行い、つくば国際会議場で行われたミツバチサミットの総括と、来年公開するホームページの制作打ち合わせをしました。

 ホームページ制作に限らず、「モノ作る」というのは、その過程において多くの学びがあります。養蜂巣箱を作ろうと思ったら、ミツバチの事だけでなく、材木の事や、木工機械の事も知らなければなりません。ホームページもしかりで、企業の情報を発信しようと思ったら、自分達自身の事をきちんと知る必要があります。

 企業にはそれぞれ、起業に至るストーリーがあり、理念があります。何がやりたくて、何がやりたくないのかという意思があります。社会をどうしたいのかという明確なメッセージがあります。それを1つ1つ確認し、言語化する作業が、全て学びとなっています。

 今年もいよいよ残り2週間を切りました。激動の時代に突入する前夜、個人や企業がどう生きてゆくのか、各自が自問自答しなければなりません。