再生への備忘録16

スクリーンボトムボードかソリッドボードか。この命題に対してなかなか自分の答えが出せず、今年も終わろうとしています。
こういう話は、趣味で養蜂をやっている週末養蜂家の人や、何百も巣箱を持っている専業養蜂家の人のほとんどはあまり関心がないテーマだと思います。考えても結論が出ない問題だからです。 答えを出すためには、自分で作って実験し、自分なりの答えを出すしかありません。


ところで、趣味でもなく、業でもない、かといって、マニアでも、オタクでもない、「熱狂的支持者」エンスージアスト(enthusiast)というカテゴリーの人がどの分野にも存在します。 彼らは、独特の波長を持っていて、総じて声が大きく、異常に快活で、自分の好きな事やテーマを饒舌に語り、総じて金銭感覚がない人が多いのですが、どこか不思議な魅力を放っていたりします。
ミツバチ以外に何にも興味を持てない。ハチミツを採ることにも興味がない。スクリーンボトムボードの図面書いていたら朝になった。
こういう人はエンスーの可能性が高いです^_^

再生の備忘録15

養蜂家の夏は忙しく、世間のニュースを聞いている暇もなく、毎日作業に追われていたので知らなかったのですが、8月中旬に、ピーターフォンダが亡くなっていました。
ここ数年は、毎年のように自分が青春時代に好きだった俳優やミュージシャンが亡くなっています。
ところで、ピーターフォンダ主演の映画は2つ見ていますが、1つはデニスホッパーと共演した「イージーライダー」、もう1つは、彼が養蜂家を演じる「木洩れ日の中で(原題はULEE’S GOLD)」で、後者の方はVHSのテープで持っていて、大切に保管しています。
ここでのピーターフォンダは、寡黙な養蜂家であり、壊れてしまった家族を再生する1人の父親でもあり、また、映画を通じて養蜂の本質を捉えている素晴らしい作品です。
残念ながら日本版のDVDは発売されていないのですが、何度も見たい作品なので、近々DVDに焼くつもりです。
ちなみに、「木洩れ日」という言葉は、いかにも日本的で、養蜂的で好きな言葉の1つです。
木洩れ日は、人間にもミツバチにも優しく、巣箱を置くには理想的な環境です。

再生への備忘録14

毎週水曜日は、はぁもにぃ養蜂部の活動日。

知的及び発達障碍の青年達と養蜂をやりながら、彼らの自立支援をしています。昨日は、被災した蜂場に散乱した木の枝や、ミツバチがいなくなってしまった巣箱を部員達と片付けました。はぁもにぃ養蜂部の部員達は、重度の知的障碍と発達障碍を持っていますが、それ故に、彼らは仕事に意味を求めません。「こんな事やって何になるのか」などと考えず、目の前にある事に淡々と取り組みます。お陰で、蜂場はだいぶ綺麗になりました。

ところで、私は便宜上やむをえず、「障碍」という言葉を使っていますが、「しょうがい」という言葉に対する違和感は、年々強いものになっています。それは彼らの特性を正しく伝えていないからです。言い換えれば、逆説的に、私達は全員障碍者であるとも言えます。

ちなみに、私にも様々な障碍があるのですが、1番大きな障碍は、「他者に対して寛容になれない」という障碍です。特に、一般的な世の中の価値観を盲目的に信じている善良な市民に対して寛容に接する事ができません。この特性は、立派な障碍です。

はぁもにぃ養蜂部の部員達は、他者に寛容です。もちろん私に対しても。 

再生への備忘録13

来年使う巣箱の設計をするにあたり、参考になりそうな巣箱の図面を、海外の養蜂家から送ってもらいました。

図面はデジタルデータではなく、何と手書きで、大判コピーしてありました。

また、図面には、部材のカッティングダイアグラムやディテールに養蜂家のこだわりが感じられ、見ているだけで楽しくなりました。家や車などもそうですが、モノには全て設計思想というものがあり、図面を見た時に、作り手の思想が感じられるかどうかは、非常に大事だと思っています。思想がないモノには方向性がなく、思想がない人はいつもブレています。ブレているから、自分の境遇を他人や環境のせいにするのです。

ところで、思想は突き詰めてゆくと、やがて哲学となっていくという意味に於いて、養蜂は哲学です^_^

再生への備忘録11

9月〜10月の2ヶ月はスズメバチ対策と、ダニ駆除、そしてセイタカアワダチソウの開花とともに秋の建勢作業をするため、自宅の裏にある耕作放棄地に、新しい蜂場を作りました。

台風で巣箱を飛ばされないように単管の足場パイプを組んで、スズメバチ対策の為のネットをかけました。

スズメバチ対策とダニ駆除は、こまめに蜂場に通ってチェックする必要があるため、自宅に近ければ近い方が何かと便利ですし、移動のコストもかかりません。

また、自宅周辺は年々耕作放棄地が増えているため、セイタカアワダチソウの畑になっているところが結構あります。

ところで、単管パイプで建造物を作る際には、水平器がないと話にならないのですが、水平器のキーホルダーが意外と便利です。

再生への備忘録10

坊ノ内養蜂園の蜂場がある千葉県君津市の「きみつのさんぽ道」には、樹齢50年を超えるヤマザクラが100本以上自生しているのですが、今回の台風15号で相当倒れてしまいました。

ヤマザクラが開花すると、ミツバチは一気に建勢し、また、はちみつの風味はとても良いだけに、残念でなりません。

昨日、真っ二つに引き裂かれた、株立ちのヤマザクラのウロにニホンミツバチの巣があるのを発見しました。

巣は育児圏がまだ新しく、今年の春に分蜂したコロニーだと思われます。

ミツバチは1匹も残っていませんでしたが、ウロの中に作られた自然巣を観察すると、ヤマザクラの木のウロは、夏は涼しく、冬は暖かい、ミツバチにとって理想的な空間である事が良くわかりました。

分蜂して、運良く理想的な住居を見つけたミツバチたちは、あの夜、どんな気持ちで過ごしたのか。。

自然というのは、時に無慈悲だと思ってしまうのは、人間的過ぎるでしょうか。

再生への備忘録9

昨日は、はぁもにぃ養蜂部の活動でした。毎週水曜日は、知的及び発達障碍の若者達と一緒に養蜂に取り組んでいます。

彼らには、足場用の単管パイプをトラックに積み込み、蜂場を君津から袖ヶ浦に移動するための準備を手伝ってもらいました。

養蜂部を設立して5年、部員達も少したくましくなった気がします。

ところで、現在、蜂場は台風で働き蜂の数が半減してしまった群、女王蜂が不在で働き蜂の産卵が始まってしまった群など、群勢のばらつきが酷く、弱群はスズメバチの餌場となって、至るところで盗蜂が発生しています。

いまの時期は、蜜も枯渇し、巣箱内のダニも1番増える時期ですので、ミツバチにとっては群を存続していけるかの瀬戸際に立たされています。

本来は弱群救済の為の合同や、給餌や、群の均一化をすべきところですが、私はなにかと忙しく、今のところ放置しています。

話は変わりますが、政府が行なっている雇用政策や経済政策は、短期的なカンフル剤としては効果があるものの、中長期的にはマイナスに働くことが多い気がしています。

社会科学も経済学も自然科学の一つであるとすれば、「何もしない」のが一番の政策であるかもしれません。

人間はどこまでミツバチの社会に介入すべきなのか。

最近はいつもそんな事を考えています。

再生への備忘録8

今朝、スマホにDropboxをインストールしました。ペーパーレスの日常を実現する為です。

台風直撃でまず被害を受けたのが、屋根や壁からの雨漏りによるもので、重要なドキュメントを紙で保管するのはリスキーだと実感しました。

また紙や印刷のコストや文献や資料の整理整頓の点からも、仕事上の大事な文書などから一つ一つデジタルデータ化して保管すべきだと思いました。

被災以前の私は、紙と鉛筆こそ、インスピレーションの源だと信じていましたし、本の質感が好きなので、いつもリュックの中には、何冊か本を持ち歩いていて、それは今でも変わらないのですが、いまこそアナログとデジタルの住み分けを自分基準でやるべきと思いました。

とりあえずDropboxには、ミツバチ受粉作物のリストを保存しました。

再生への備忘録7

自宅の敷地で倒壊した道楽小屋の撤去が終わり、蜂場の倒木も片付いて、昨日の夜8時半に、電気工事が終わりました。約2週間ぶりに、ついに我が家も普通の生活に戻りました。

一見不自由だったこの二週間は、私にとっては、新しい生き方を模索するための貴重な日々で、毎日が出会いと学びの連続でした。感謝しなければなりません。

30代の時に建てたオーディオルームが完全崩壊した事で、モノや音や、過去に対する執着心が無くなり、いま目の前にあるやるべき事に集中し続けた事で、不確定な未来への不安が薄らいでいきました。

問題は、日常に戻ったいま、執着心を手放し、いまここに集中するという意識レベルを持続していけるかどうかです。

50歳の誕生日まで、あと約半年。
今までの人生の中での、最も大きな命題に取り組むべき時が来たように思います。