再生への備忘録50

 毎週水曜日は、はぁもにぃ養蜂部の活動日。養蜂を通じて、発達障がい、知的障がいの青年たちの職業自立支援を行なっています。

 昨日は、蜂場周辺の傾斜地に生えているカラスザンショやハマヒサカキ、ネズミモチなどの実生苗木に赤いリボンをつける作業をしました。夏の優良蜜源であるカラスザンショは、幼木の時はバラのような棘があり、野ウサギなどに食べられないように身を守っています。部員たちは棘が指に刺さらないように慎重にリボンをつけていました。

 ところで、花や樹木の名前を知る事は非常に大事です。名前を知ると、その瞬間から、花や樹木が身近なものに感じられ、興味や関心が向くからです。逆に関心がないというのは愛がないという事です。これは人間に対しても同じです。

 部員と山歩きをしていて、まだまだ名前を知らない植物がたくさんあることに気がつきました。

再生への備忘録49

 オーストラリアの哲学者であり、人智学者のルドルフシュタイナーが1923年にドイツで行った「養蜂家のためのみつばち講義」をまとめた文献を読んでいます。この文献は、私がいままで読んできたあらゆる書物の中で最も難しく、理解するのが大変です。シュタイナーの書いた本はどれも、難しいテーマを難しく表現していますが、そういった文章を読む事は思考力を養う最高のトレーニングになります。

 ところで、100年近く前の文献の中でシュタイナーは、「みつばちの分蜂は、新女王が飛び出し、旧女王が留まる」と述べていますが、現代では、これが誤りである事が分かっています。また、シュタイナーに限らず、古い文献には、「事実と違う」事が書かれている事がよくあります。

 私は、20代の時に、シュタイナーの世界観に惹かれ、彼の述べる ことにこそ真実があると確信しながらも、常に過去の文献として批判的に読むことを心がけています。全ては仮説に過ぎないからです。

 いま、私たちが信じている世界も全ては仮説です。遠心分離機が効率的なのも、雄蜂は生殖以外に何もしないのも、みつばちに砂糖を与えるのも、王台を切って分蜂を抑制するのも、全て、現代というこの時代の仮説に過ぎません。いま信じられている事象に対する批判的なアティテュードを失った時点で、真実からは遠ざかり、人間の成長は止まります。

再生への備忘録48

 ミツバチの越冬準備も終わり、シーズンオフとなりました。毎年この時期は、世田谷で西洋ミツバチを飼っている知り合いの養蜂家を訪ねて、ミツバチ談義をするのが私の大事なイベントになっています。

 世田谷の中心部にこぢんまりと作られた養蜂場には、西洋ミツバチの巣箱が2つ並んでいましたが、残念ながらミツバチは居なくなっていました。

 しばらく放置され、紅葉したツタが絡んだ白塗りの巣箱の前には、ヒメジオンが咲いていて、まるで印象派の絵画を見ているようでした。しかしそれは、単純に光が綺麗だとか、ノスタルジックな感性を刺激するとか、そういう類のものとはどこか違っていました。

 ミツバチがいなくなってしまった巣箱を見ながら、私は「なぜいなくなってしまったのだろう」と考えていました。ミツバチがいなくなるのには、必ず理由があります。 切なくも美しい蜂場を見ながら、それでも小さな希望を持って、いつものようにミツバチ談義に花を咲かせました^_^

再生への備忘録47

 養蜂家の秋は早く、気がついたらもう12月になってしまいました。11月中に蒔かなければならなかったヘアリーベッチの播種が後手に回り、結局蒔けませんでした。秋蒔きは諦め、来年の春に蒔く事にします。

 ヘアリーベッチというのは、有機農家や自然農実践者の方にはよく知られているマメ科の緑肥ですが、アレロパシーによる雑草の抑制効果もあるので、耕作放棄地の雑草対策や、グランドカバーにも使われています。また蜜源植物としても優秀で、マメ科特有のクセがないハチミツが採れるので、ここ数年は、養蜂家の間でもよく知られるようになりました。

 ところで、「意図的に」種を蒔く事ができるのは、全ての動物の中で人間だけです。もちろん鳥もフンと一緒に種を落としますし、風も種を運びますが、おそらく意図はありません。その意味で人間は特別な存在です。

 人間が自然に働きかける時、全ては意図的に行なければなりませんが、意図のない行為は徒労に終わる事が多いです。一次生産者にとって、これは非常に大事なテーマです^_^

再生への備忘録46

 山羊が1匹増えたので、蜂場に山羊小屋を増やすべく、山羊小屋見学に行きました。山羊小屋は過去に2つ3つ作ってきましたが、所謂「トラス小屋」の屋根部分をそのまま掘っ立て小屋に転用しているこの三角小屋は、構造がシンプルでローコストで、その上構造強度が高く、山羊小屋として理想形です。

 日頃お世話になっている山羊牧場にあるこの美しい山羊小屋は、建築的にも秀逸で、聞くところによると、数年前にホームレスの方が作ったとの事でした。ディテールを見ると、トタンの仕舞いとか、二本の垂木の真ん中にある柱を掘っ立てにしているところなど、明らかに建築の知識がある人が作った作りになっていて、非常に参考になった次第です。

 たかが山羊小屋、されど山羊小屋。小屋作りは奥が深く、いくつ作っても飽きる事がありません^_^

再生への備忘録45

 蜂場周辺の除草は、現在2匹の雌の山羊(シバ山羊のユキとトカラ山羊のサクラ)が担当していますが、縁あって、雄の山羊(日本ザーネンのゴロー)をもらう事になりました。これで、遺伝的に血統が異なる3匹の山羊の家族ができる事になります。

 ところで、畜産業が抱える問題の一つに、病気や感染症の問題があります。人間にとって都合の良い、同一種による近親交配や人工授精が進んだ事によって、個体の環境適応力が進化せず、免疫力も低下していると思われますが、遺伝的多様性が生き物の進化に与える影響についての学術的な知見は意外と少ないです。

 現在、「生物多様性」という言葉は、少しずつ一般的になってきましたが、環境問題を包括的に捉えるとき、個体の遺伝的多様性を重視する事は、抗生物質に頼らない畜産業を目指す上で非常に大事になってくるのではないかと思っています。

 この冬は、山羊牧場を拡大し、来年の春には、2つの異なる血統がミックスされた、新しい命が生まれている事を期待したいです。^_^

再生への備忘録44

 蜂場に隣接する傾斜地で、烏山椒の実生の苗木を発見したので、赤いテープをつけました。烏山椒は真夏の貴重な蜜源樹木で、柑橘系の美味しいハチミツが採れますが、間伐地や裸地にいち早く芽を出す里山再生の象徴的な樹木でもあります。

 ところで、学校の式典や、日本の教会などでよく歌われている「ごらんよ 空の鳥」という典礼聖歌があります。先日東京ドームで行われた、教皇フランシスコのミサでも歌われていました。

ごらんよ空の鳥 

野の白百合を

撒きもせず 紡ぎもせずに 

安らかに生きる

この歌詞は、マタイの福音書の「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない」という一文からの引用ですが、実際は鳥も種を蒔く事が分かっています。

 野鳥の多くは、木の実を丸呑みにして、果肉部分を消化し、消化できない種部分をフンと一緒に排出します。フンと一緒に地面へ落ちた種は、やがて芽を出しますが、そういう自然の循環が森を育てているのです。

 余談ですが、ルカの福音書には、「鳥」のところが「烏(カラス)」と表記されています。私が赤いテープをつけた烏山椒の苗木の種は、誰が蒔いたのでしょうか^_^

再生への備忘録43

 昨日は一年に一回の地元のバザーで、家族で参加しました。特に知られたバザーではありませんし、規模も小さく、売り上げも大した金額にならないのですが、子供や中高生の参加が多く、いつも元気をもらえるので毎年参加しています。

 はちみつの販売から売り上げの管理は娘(中1)に任せ、妻は焼きそばの屋台、私は知り合いが作ったサツマイモを配ったり、地元の幼稚園の先生に油を売ったりしていました。

 娘は今年中学生になり、はちみつの販売も板について来ました。商品ポップもやや抽象的になり、大人との対話の中で生まれる抽象的な思考にも耐えられるようになってきた気がします。子供の成長は早いです。

 ところで、世の中のデジタル化が進み、消費されやすいように整理された情報ばかりを扱っていると、抽象的な思考力を養う事が出来ず、社会が今後、どのように変化してゆくかをイメージする事が出来なくなります。そういう残念な大人こそ、ミツバチと触れ合ったり、世代を超えてさまざまな人と対話するなど、まだ整理されず、複雑でニュートラルな体験をすべきかと思います^_^

再生への備忘録42

 「養蜂」という言葉を国語辞典で調べると、「はちみつやミツロウを取る為に、ミツバチを飼育する事」と書いてあります。市販されているほとんどの国語辞典を調べましたが、どれも同じでした。しかしながら、この答えは、間違いであるだけでなく、的外れです。

 養蜂というのは、英語ではbeekeeping と言いますが、あくまでも、みつばちを養う事、一歩踏み込んで言えば、みつばちのコロニーを持続的に養ってゆく事と言う意味で、養蜂の目的は、読んで字のごとく、「蜂を養う事」以外の何物でもありません。経営の目的が、金儲けではないのと同じです。

 みつばちのコロニーを持続させることだけを考え行動した結果、余剰のはちみつがもらえるだけであって、はちみつを取るためにミツバチを飼育しているわけではありません。これは非常に大事な概念です。

 ところで、与える事よりも、得る事が人生の目的になってしまっている利己的な人には養蜂はできません。2008年から2009年にかけて始まったCCD(蜂群崩壊症候群)の本質的な原因は、同時期に起こったリーマンショックと同様、人間の利己的な行動が招いた結果であることは火を見るよりも明らかです。

再生への備忘録41

 昨日は「はぁもにぃ養蜂部」の活動日。先週に引き続き、1年間使った巣箱をガスバーナーで焼く作業です。ただ、部員たちの中には注意欠損や過集中という特性を持っている人もいるので、時々巣箱を焼き過ぎて、燃えてしまいます。そんな時は、「巣箱が燃えているよ」と指摘すれば大丈夫。彼らは息を吹きかけて火を消します。

 ところで、はぁもにぃ養蜂部の部員のように、ASD(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群)という特性を持った人というのは、その特性に関して周囲の理解が必要なだけであると、「広汎性発達障害の子ども達」(中京大学 辻井正次教授)という本に書いてありましたが、深いところで共感した事を覚えています。

 世の中には、間違った理解や、誤解されたまま一般化してしまった情報がたくさんありますが、「自閉症」や「発達障害」という言葉もその一つだと思っています。辻井正次教授が書いたこの本は、人間理解に関心があるすべての人に読んでもらいたい名著です。

 特定非営利活動法人はぁもにぃでは、現在、台風被害から復興するための寄付を募っていますが、沢山の方々からの温かいご支援をいただいています。この場を借りて感謝の気持ちを伝えたいと思います。どうもありがとうございます。